陸上競技では短距離走やマラソン、やり投げなどで世界新記録に挑戦する競技者にスポットライトがあてられます。かつては複数の種目で活躍する選手もいましたが、記録が飛躍的に更新されている現代では各競技のスペシャリストが一つの競技を極めるのが普通です。同じようなことが医療の世界でもおきています。医学は過去数十年で急激に進歩して各分野ごとに学ぶべきことが膨大となりました。臓器ごと、疾患ごとの分野での新発見や新規の治療に注目が集まります。高度に分業化された医療現場では患者さんの全体像をみることが難しくなってきています。専門分野の進歩が早いため身を削って日々の勉強をしても追いつかず、他分野の学びはどうしても後回しになります。
体調の不調が何のせいなのか分からない患者さんにとってはどの診療科を受診すれば良いのかが最初の戸惑いになります。複数の病気が同時におきていたり、病気の最初のステージの場合には患者さんだけでなく医師もはっきりとした結論が出しにくいものです。勤務医時代に専門分野の知識だけでは患者さんの問題に気づくことができないという事実に直面して私は自分の勉強時間の3割は専門外の勉強をすること、他分野の若手医師に積極的に頭を下げて教えを乞うことを行動規範としました。そして総合病院周辺の開業医の先生たちのなかにどんな分野の勉強会でも積極的に参加する方々が多数おられることに気づきました。それぞれのベテラン開業医の先生たちはかつてのご自身の専門領域を極めたはずですが、生涯学び続ける姿勢をもって数回りも若い他分野の医師に素朴な質問を投げかけているのです。そのような謙虚な先生方の紹介状には総合病院の医師をはるかに超える的確な診断がされていました。優れた開業医の先生が周囲の住民の方の健康状態を向上させていることは明らかでした。私のなかで生涯現役で進歩したい、地域の健康を守り続ける存在になりたいという欲求が大きくなってきました。これが私が地域医療をライフワークとした理由です。
私は医院開業前に田舎町で地域医療を行っている2つの診療所で研修をしました。ここで働いているときに聞いた印象的な言葉に「どんな病気も診れるわけではないが、どんな患者さんでも診る」があります。地域医療に従事するかかりつけ医は各領域の知識に関しては専門医には遠く及びません。しかし幅広く学ぶことにより、患者さんの症状から病気を推定し受診すべき診療科へ紹介することができます。また複数の専門領域にまたがる病気の対応をすること、生活や仕事の環境に原因を発した体調不良について考えることはかかりつけ医の得意領域です。まず最初に相談できる窓口が近くにあることは周辺の住民の方々に大きな安心を提供できると私は信じています。
陸上競技には十種競技という種目があります。様々な種目をすべて行い総合得点を競う競技です。各競技の記録はスペシャリストから見ると平凡かもしれませんが、多くの種目に挑戦する競技者の努力を私は心底尊敬します。私もどんな患者さんでも診ることができるように幅広い領域を生涯かけて学び続けるつもりでおります。健康上の心配や不安をもった方が途方に暮れることがないような、住民の方々に近くにあって良かったと思っていただけるクリニックにすることが私の理想です。どうかよろしくお願いします。